その前に立つときは

 折れた木の前に線香を供えて手前にビール缶を逆さにして注ぐ。ゴミは前に来たまこ君たちが片づけてくれたようで綺麗になっており、現場の清潔な雰囲気を保っている。強い風の中、桜の木の根本に添えられたビール缶とCDだけがじっとたたずむ。線香に火を点けるときにふいに風の向きが変わり、燃えかけの灰が手のひらに落ちた。「ジュッ」手を突き刺すほどの痛みが手のひらから甲まで鋭く貫く。あまりにはっきりとした痛みに線香の束を落としそうになったが、そのまま地面に穴を掘り乱暴に線香の束を立てた。
 
 手を合わせて祈る間も右手の痛みは引かない。
 だけど、それが何か大事なことを伝えてくれているのではないか?
 忘れてしまうことも、忘れてしまいたいことも
 その刹那、痛みという形で彼は僕に教えてくれたのだと思う。
 ただ、僕がそう思いたい。それだけのことかもしれないが。